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校長挨拶

58期の皆さん。今日で一つの区切りを迎え、いよいよ高等学校を卒業する時となりました。つい先ほど、皆さんが受け取った卒業証書に、どのような思い出が浮かんでくるでしょうか。

3年前、入試担当をしていた僕は、全国での相談会に出向き、多くの保護者と会いました。我が子の現状に悩み、途方に暮れるような話もありました。もちろん、前向きな気持ちで選んでくれた子どももたくさんいました。いろんな相談があったのですが、今年の卒業生は、そんな入試担当として直接話を聞く機会が多かった学年です。入学前に家庭訪問をした子もいました。子どもを学校見学に誘うためのシナリオを一緒に考えたこともありました。そのような相談をいくつもしてきましたが、最後に「北星余市でやってみる」と決断したのは紛れもなく皆さん自身です。親は、心配することと子どもの決断に手を貸すくらいしかできないわけですから、今日 卒業の資格を得たのは、皆さん自身が人との関係や勉強など頑張ってきたことで得られた証です。そんな皆さんが、この高校生活で得たものをこの先の人生にどのように反映させていくのかとても楽しみです。

3年前、皆さんの高校生活スタートと時を同じくしてコロナ騒動が一段落しました。青年期の前半でもある中学校時代をコロナ禍で過ごした皆さんでしたので、きっといろんな期待を持って入学してきたのだと思います。全く新しい環境に最初は戸惑いもあったかと思いますが、様々な制限が縮小されたり解除になったことから、学校の中で活発に動くみんなの姿が徐々に見えるようになりました。

特にこの学年は体を動かすことが好きだという人が多かったようで、休み時間が終わっても体育館でボール遊びをして、何度も授業に遅れる人が数名いました。そんな現状に対し、担任から「授業遅刻が多いので体育館出入り禁止にするぞ」と注意を受けたこともありましたよね。そんな報告を受けたときに「おいおい」と呆れた思いと同時に、「ずいぶん可愛らしいな」とほのぼのとした思いも実はありました。

また、担任の先生に随分と上手に甘えているような発言や様子もたくさんありました。「キョーコちゃん」、「やすこ」といった呼び方にも、心を許している安心感が前面に出た感じがしています。これまで物足りなかった学校や先生との関わりを埋めていたのでしょうか。そんな印象の学年でした。

少し振り返ってみます。

2020年3月ちょうど皆さんの中学校生活真っ只中に、COVID-19、いわゆる新型コロナウイルスによるパニックが世界のあちこちで起こりました。街中まちなかや飛行機の機内は人の姿がまばらで、「パニック映画みたいなことが本当に起こるんだ」と驚いたことを覚えています。それまでの「当たり前」や「常識」に対する認識を大きく変えさせる世界になりました

日本国内では、通うのが当たり前と考えられていた学校は、全て登校禁止となりオンラインで授業を行うようになりました。みなさんの中にも感じた人がいるかと思いますが、画面越しの交流や課題で進んでいく授業、行事の中止や縮小から、学校の存在意義に対する若者の戸惑いの声がいろんなメディアで紹介されていました。逆の形で、あるフリースクールの先生から「コロナ以前から不登校を選択していた子どもの中には『みんなも学校に行かないので、堂々としていられる』と、安心した様子を見せている子もいるんです」といった話を聞くこともありました。いろんな捉え方があるんだと思った記憶があります。なんにせよ、人と関わることで外の世界と繋がり、自己の領域を広げる大切な時期にそのような環境で過ごさざるを得なかったことは、その手からこぼれ落ちた経験がたくさんあったかと思います。

さて、当たり前が当たり前でなくなるといった、大きく動く時代を経験した皆さんはすでに感じ取っているのかもしれません。それは「常識」とか「当たり前」とは、決して揺るがない「不変・不動」なものではないということです。例えば皆さん自身、教師との関係や職員室は3年前、5年前までならどのようなものが常識だったでしょう。そして今、「教師との関係や職員室ってどんなのが当たり前だったらいいと思う?」と問われた時、どんな答えになるでしょう。

つまり、時代や文化、経験で常識は変わっていきます。「はて?」と思ったら、その当たり前を疑い、どういうことなのかを確かめる行動をとって欲しいと願います。凝り固まらずに、その両方をテーブルに載せてじっくりと考えてください。昨日の高濱先生の礼拝でもありましたが、水平線に石を投げるような手間と時間がかかったり、手応えのなさはあるでしょうが、いろんな人の意見があって、それらを出し合ってみると新しい発見があるという経験をみなさんはしてきているはずです。極端にどちらかによる必要もなく、また大きくは変わらなかったとしても、少し違った視点を得られるはずです。これからの時代、常識もどんどん変わっていくでしょう。アップデートを怖がらず、物事を正しく判断できる大人であって下さい。

それと同時に、今の時代、相手の意見や考え方に対し暴力的な、そして冷笑するような表現で対立や分断を招くような空間があちこちに作られています。例えば、今まで関わったことのない人とか、違う考え方のような「よくわからない世界」に対して、シニカル(冷笑的・嘲笑的)に、ドライに対応する人が増えていると感じています。そんな、自分の知らない世界や考え方に対して、一刀両断で安易に評価することが珍しくなくなっています。

特定の人種をひとくくりに差別してみたり、憲法25条で保障された生存権を行使することが恥ずかしいことのように評論してみたり、政治を批判すると「日本から出ていけ」といったりと、なんとも悲しくなるような言葉が飛び交うようになっています。「それが今の時代だから」としないで、小さくても良いので抵抗しながら人と繋がり続けて欲しいと思います。他者との関係を断ち切ることは社会性を放棄することになります。

聖書にも「軽率なひと言が剣(つるぎ)のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。(箴言12.18)」あるように、ことばを大切に使って人とつながってほしいと願います。

これからも目の前の人の命や存在を大切にできる大人であってください。それは同時に、自分の命や存在を大切にすることにも繋がるはずです。他者がいるから、個性が生まれます。たった一人では、優しさもわがままも存在しません。

そして、最後に、卒業する皆さんにお願いです。

これから先、ぜひ弱い人の側(がわ)に立てる人になってください。困っている人がいたら声をかけられる人になってください。勇気のいることですが、その勇気と優しさを備えてください。地震や原発事故で生活を奪われている人、世界のあちこちで起こる紛争や戦争のことも忘れず、心を寄せてほしいと思います。いろんな出来事の陰で困っていたり足掻いていたり、声をあげている人がいます。そのような人と一緒に考え、声を上げられる人になって欲しいと思います。

寮下宿の管理人の皆さま。子どもたちの生活だけではなく、時に厳しく、そして愛情を持って子ども達の成長を支えてくださりありがとうございました。

そして保護者・関係者の皆さま。一回りも二回りも成長した子どもの姿に喜びもひとしおと思います。今日はひとつの節目であり、新たなスタートの日です。この日を迎えられたことを一緒に喜びたいと思います。ご卒業、本当におめでとうございます。今後とも本校の教育にご理解とご支援いただければと思います。

以上をもちまして、校長の式辞といたします。

2025年3月1日 

北星学園余市高等学校 校長 今堀浩

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