北星余市を紹介、生き方を考えるウェブマガジン
児童指導員(元風俗誌編集者)
諏訪かおり
KAORI SUWA
「広い世界を見せてやれ」なんともクサイ台詞である。どうしようもなく腐っていた15歳の私をホームステイさせようと、父が母に言った。
娘に旅をさせたかった父は、26歳でアメリカ横断の旅をした。約40年前の出来事だ。留学中の友人に会いに行くと手紙を書き、それが届いたかも分からないまま日本を発ったそうだ。地図とコンパスを助手席に置きレンタカーでフリーウェイを走る。大学を辞め、職を転々としていた当時、きっと焦りや迷いの中で何かを求めていたのだろう。多くは語らない父が「旅をしたら、日本に帰って働こうと思えた」と言った。なんだ、その意味不明な感想は! 心の隅に疑問を残したまま私は社会人になった。そして、26歳で仕事を辞めた。その年、南米一周の旅に出たのである。図らずも父と同じ年齢だった。
南米では多くの時間を長距離バスの中で過ごした。大き過ぎる大陸のデコボコ道を、何十時間もかけて進んでいく。考え事をする時間ならうんざりするほどあった。自分自身について考え、得体の知れない恐怖に襲われ、時に見知らぬ人と話し、自分の無力さに絶望する。日常生活からはみ出した心の揺らぎの連続だった。バスの車窓から見える途方もなく広い地平線に昇る朝日に、40年前に父が見たであろうアメリカの景色を重ねた。父もこんな景色の中でうんざりするほど自分と向き合い、自分を納得させられたのかな。「働こうと思えた」という言葉の意味が少し分かった気がした。旅とは、この心の揺らぎそのものじゃないかと思う。周りからは無駄に見えても、やらなきゃ前に進めない時がある。これは相当不器用な生き方だ。オススメしない。コスパも悪い。できることならもっとスマートに生きたい。それができない不器用かつだらしない私は、南米の記憶に「今やるべきことをしないと次には進めないよ」と背中を押され、もっと寝たーい、あれもこれも面倒くさーい、という気持ちと戦いながら、今日も仕事に向かうのです。
文:諏訪かおり
諏訪かおり | KAORI SUWA
福祉施設の児童指導員。元風俗誌編集者。15歳で訪れたNZを皮切りに世界各地を旅するが、語学力のなさに加え地図と数字に弱い、神様仏様、現地人様頼みの低スペックトラベラー。