北星余市を紹介、生き方を考えるウェブマガジン
日本キリスト教団余市教会牧師・リタ幼稚園園長
西岡知洋
TOMOHIRO NISHIOKA
北星余市で最後の期末テストを控えたある日の夕方、学校から家に帰るために「旭中学校」のバス停まで来たのだが、私は忘れ物に気が付いて引き返すこととなった。ため息も、歩く道も、見渡す限りが白く、それは冬の色だった。
誰もいない教室で、「ここにいるのもあと数日だ」と感傷に浸りながら、机の中に大事にしまってあった忘れ物を見つけた。安どと恨めしさを忘れ物と一緒にかばんに放り込んだ。さて、次のバスまでまだまだ時間がある。窓の外では雪が降り始めていた。「……テストの勉強でもするか」と、ノートを開き授業のファイルを雑にめくった。「ニシオカァ、お前アタマいいんだから勉強なんかしなくたっていいだろ!」不意に聞こえた言葉に顔を上げる。声の主は廊下に立っていた。1年生の時に同じクラスだった友人。クラス替えがあってからは、ほとんど話すこともなくなっていた。そして、自分なんかはもう忘れられているとさえ勝手に思い込んでいた。うれしさが込み上げ、「そんなことないよ」と言うのが精いっぱいだった。「頑張れよ」「そっちもね」と言葉を交わし、友人は私に背を向けて歩き出す。私もノートに視線を戻した。
その友人が学校を去ったと聞いたのは次の日のことだった。言葉を失った。友人はどんな思いで言葉をかけてくれたのだろうか。「そっちもね」なんて自分の吐いた言葉の薄っぺらさを悔いた。友人はあの時、通り過ぎてしまってもよかったはずだ。話しかけなくたってよかったはずだ。でも立ち止まって名前を呼んでくれたのだ。北星余市で、この場所で確かに私たちが関わり合い、出会ったことを忘れないでほしいと言わんばかりに。友人が立っていた廊下をぼんやりと眺めながら私はそう思った。
あの日、忘れ物をしてよかった。忘れ物をしなければ、最後に言葉を交わすこともなかったのだから。それと同時に、二度と取りに戻れない忘れ物を置いてきてしまったように思う。「覚えていてくれて、ありがとう」。その言葉は、今もあの教室に置きっぱなしになっている。また今年も、冬の色が私を包んでいる。
文・写真:西岡知洋
西岡知洋 | Tomohiro Nishioka
日本キリスト教団余市教会牧師・リタ幼稚園園長。高知県生まれ小樽育ち。2001年北星余市高校に入学。37期生。大学時代、「餃子の王将」に携帯電話を忘れたが、それに気が付くのに数日を要した。その間に大事な連絡が入っており、相当怒られた思い出がある。