北星余市の先生と語る「カタリバ」のこと
「カタリバ」は「心の理解のワーク」

2017.02.15 教育・福祉関係者

北海道教育大学 札幌校 准教授

平野 直己

HIRANO NAOKI

プロフィール

北海道教育大学札幌校学校臨床心理専攻の准教授。学校・地域研究支援センター(学校教育研究支援部門)も兼任。主な研究内容は、児童期・思春期の心理援助、 地域実践心理学(地域実践にかかわる心理臨床)、キャンプなどの野外体験活動における体験に関する研究、日本版IFEEL Picturesを用いた研究である。さまざまな悩みを抱える子どもの支援にかかわり、不登校を含む幅広い教育支援活動を継続的に行っている。

CONTRIBUTION

北星余市の教育とは?

ーー 昨年度から月に一度、2時間ほど平野先生にお越しいただいて、生徒指導場に関すること、あるいは教育観、子ども観などを中心に多岐にわたる話し合いをもたせていただいています。何か結論を導き出すのではなく、出てくる話題からそれぞれの学びを得る「カタリバ」。アドバイザーとしてお越しいただいている平野先生に「カタリバ」について、北星余市についてどのような見方をされているのか、お聞きしました。

 

 月に1度、放課後の北星余市高校にぶらり寄らせてもらい、会議室で先生方と90分ほど思いつきの話をして、またねと札幌に帰ります。いつからだろうか、校長先生がこの雑談?の集いを「カタリバ」と命名してくれました。

 私は臨床心理士。もちろん、大学内の小さな相談室でクライエントの話に耳を傾ける心理療法が自分の仕事の中心にあるのだけれども、「カタリバ」のような試みをいくつかの学校や若者支援の施設などで行っています。これが結構面白いのですが、北星余市高校でのそれはまた格別なのです。

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 思いつきの話といっても、テーマは自ずと生徒のことになります。生徒のいろんな言動や性癖など、「理解不能な事柄」についてみんなであれこれ思うことを話していく。正しい答えや1つのゴールが見つかることはまずありません。生徒や問題が連想ゲームのように数珠繋ぎのようにつながっていき、誰の話か何の話かわからなくなることもあります。そこでは「教師だからこうあるべき」とか「親はこうでなくてはならない」などの一般論を述べる人たちはいません。何も結論は出ないけれど、とりあえず暫定的な理解や方針らしきものが生まれて、だいたい収まりがついたところで、“じゃ、また”と解散になります。

 こういう風に説明すると何だか意味がないこと、わけのわからないことのように思われるかもしれません。でも、カタリバで何をしているかといえば、「心の理解のワーク」をしているのです。

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 生徒の言動を、良いか悪いか、正しいか間違っているかで考えるならば、多分5分もあればその答えが出てしまうでしょう。この集まりでしているのは、良いか悪いかという判断をちょっと脇に置いて、その生徒の気になる言動の向こう側にある生徒の「心」をとにかく思いやってみること、そこには一体どんな心があるのかをあれこれ考え続けることです。

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 この高校でのカタリバがとびきり面白いのは、若者たちがとにかくユニークな心の持ち主ばかりで話題が尽きないこともあるけれど、それ以上に、生徒の心の存在をバカみたいに信じて続け、それを面白がることにかけては、ここの先生たちはピカイチの人たちだからなのです。

 最近では、下宿屋のおばちゃんもカタリバに参戦してくれるようになりました。こんな風に目に見える姿の向こう側にある「心」を考え続けようとしてくれる大人たちの輪が、高校から地域へと広がっていくのも、この高校のすごいところです。

 そんなわけで、また今月も札幌からいそいそと北星余市高校に向かいます。

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