「あたりまえ」の果てに

2016.12.16 教育・福祉関係者

訪問型フリースクール 漂流教室

相馬 契太

SOUMA KEITA

プロフィール

1971年札幌生まれ、『あしたのジョー』育ち。酒と麻雀とプロレスと打楽器が好きです。漂流教室を始めて8年。これまで何とかなったから、これからも何とかなるでしょう。

 

CONTRIBUTION

北星余市の教育とは?

ーー 多くの子どもたちや教育現場に関わっていらっしゃる訪問型フリースクール・漂流教室(札幌市)の相馬さん。本校の進路指導の一環として生徒たちに講演していただいたり、北星余市の教育を考えるイベントを主催してくださったり、いつも関わってくださる相馬さんにとって、北星余市とはどのような場所か聞いてみました。

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学校の性格は職員室に出る。北星余市の職員室はおよそ“らしく”ない。ホールのような広い空間に書類にうずもれた机が並ぶ。壁にはダンボールでできた名札かかかっている。そこへ、休み時間に放課後に、生徒がなだれ込んでくる。目当ての先生がいれば取り囲んでおしゃべりに興じ、いなければほかの先生をつかまえ、あふれた人で応接スペースが埋まる。あんなに生徒があつまる職員室をほかに知らない。

夜、学校の前を通れば、いつまでも明かりがともっている。労働環境という点から見れば、いいことかどうかわからない。だが、人がひとり育つには、本来それくらいの手間と時間が必要なのだということはわかる。

ある生徒は文集に「百転び一起き」と書いた。百回転んでも一回起き上がる機会があればいい。一度のチャンスがあれば人は変わる。だが、百回も転ぶ人をふつうは待てない。効率や成績を競う社会なら特に。それを北星余市は待つ。

もしかすると教師もともに転んでいるのかもしれない。これだけの実践をつみながら、北星余市の教育はどこかあかぬけない。まるで今年初めて教師になったかのように愚直に生徒とかかわる。

北星余市にはさまざまな生徒がつどうという。確かに、年齢も生まれ故郷も経てきた過去も持った課題も違う。だが、人はそもそも違うものだ。ひとりとして同じ存在はない。そして、ひとりの人が、昨日と今日でなにひとつ変わらないということもない。

だから、北星余市では特性や素行で生徒をわけない。「ごちゃまぜ教育」の名の通り、すべての生徒が同じ教室で学ぶ。教師も「ごちゃまぜ」のひとりになって、立ち止まり、困り、怒り、泣き、笑い、教室で、職員室で、ときには下宿を訪れ、試行錯誤しながらかかわり続ける。人と人とのかかわりは、常に手探りでしかつくれない。

その姿勢は生徒に伝播するだろう。みなそれぞれに違うなら、差異は排除につながらない。北星余市の重視する「集団づくり」は、個人の尊重の先にある。

「特別な子があつまる特別な学校」というイメージが北星余市にはある。だが、おそらくそれは間違いだ。手間と時間をかけてかかわる。生徒それぞれをひとりの人間として尊重する。北星余市がしているのは、ごく当たり前のことだ。当たり前をただただ地道に繰り返して、気づいたら、当たり前ではない場所にいた。

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相談会を開けば、どこであろうと卒業生とその家族が来て手伝う。そんな学校はほかにない。北星余市とはあの校舎を指すのではない。全国に広がる関係者の総称である。

名物行事の強歩遠足は、生徒会が中心となって、全校生徒が30km、50km、70kmを歩く。始める前はそんなに歩けるかと思う。それが一歩踏み出せば、前を進む人がいて、後ろに続く人がいる。クラスメイトと肩を並べ、ともに歩む教師がいて、沿道では町の人が声援をおくる。全員でただひたすら歩き続けて、振り返ればはるか遠くへ来ていた。北星余市のこれまでに似ている。

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